2006年03月26日

安楽死、尊厳死・・・・

あちこちのニュースで取り上げているので事件の内容はさておき、生死について少し記載しておこう。個人的にはメインサイトのTOPに次のようなことを書いているぐらいだからテーマ的には自己の信念と照らし合わせるしかない。
最高最大の在り方を基本とし、変化という一貫性を中心に見極めることを忘れない。「一期一会」今この時、ここだけに存在する自己を純粋に体験できることこそ至福。自分自身を不確定で、無常な存在とし、意識の中で起こる単なる瞬間瞬間の体験的現実だとしなければならない。なんてことを言ってると世の中住みにくいので・・・・・しなやかに?!

著者の養老孟子氏はバカの壁でご存知のかたも多いのでは?今回紹介する死の壁は著者の解剖の専門家らしい「死」の見つめ方、更には「生」への問いかけがあるのと同時に、日本の文化や風習から、死は曖昧にしておいたほうが都合が良い領域であって、医者が法律家が決められないし決めるべきテーマじゃないと・・・、そもそも生きてる人で死んだことある人がいないのだから「わからない」としておくほうが良い・・・実際、基準は曖昧になっているらしい・・・とまぁ、テーマの割にはこざっぱり読める?ので良書だ。

今回のニュースにあるような状況が自分や家族におきていたらどうだろうか?倫理的な問題としてではなく個人的な体験としてどのように対応させるのか、あるいはどうのように対応するのか?   
できることなら風呂にでも行くような感じの死にかたがいいなぁ・・「ちょっと行ってくらぁ・・」・・・ってね!

次の一文を抜き出して紹介しておこう。

日々回復不能・・・・(略)人事(ひとごと)にせよ、死にせよ、いずれも「なかったことにする」ことは出来ません。死は回復不能です。一度殺した蝿を生き返らせることは出来ません。だから人を殺してはいけないし、安易に自殺してはいけません、安楽死をはじめ死に関することを簡単に考えないほうがよい。
しかし、原則で言えば、人生のあらゆる行為に回復不能な面はあるのです。死がかかわっていない場合には、そういう面が強く感じられないというだけのことです。
ふだん、日常生活を送っているとあまり感じないだけで、実は毎日が取り返しがつかない日なのです。今日という日は明日にはなくなるのですから。人生のあらゆる行為は取り返しがつかない。そのことを死くらい歴然と示しているものはないのです。


時間がある人はコチラもどうぞ
posted by kuu at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 0300) 人生・問いかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック