2006年05月07日

ぼろぼろな駝鳥



何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。



動物園の四坪半のぬかるみの中では、



足が大股過ぎるぢゃないか。



頚があんまり長過ぎるぢゃないか。



雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢゃないか。



腹がへるから堅パンも食ふだらうが、



駝鳥の眼は遠くばかりを見てゐるぢゃないか。



身も世もないように燃えてゐるぢゃないか。



瑠璃色の風が今にも吹いてくるのを待ちかまへてゐるぢゃないか。



あの小さな素朴な顔が無辺大の夢で逆まいてゐるぢゃないか。



これはもう駝鳥ぢゃないぢゃないか。



人間よ、



もう止せ、こんな事は。



 



高村光太郎 



小学生のころ、この詩に触れて妙な正義感ととでもいうような感覚があったことを記憶してしてる。



最近の瞑想中に急に想起したので価値があるのだろう?



駝鳥を「私」に置き換えると、トラウマの輪郭がおぼろげながら発見できそうだ・・・Oh! my......



 

posted by kuu at 10:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 0800)空のつぶやき? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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